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地面と別れる方法

飛行力学における機体固定座標系

飛行力学の基礎

多くの場合、機体固定座標系上での運動方程式の記述が推奨されている。
その理由は機体に作用する力の計算が直感的になるからだ。
しかし機体固定座標系とは何か?というそもそも論について、誤解が入り込みやすい点には注意すべきと思う。
この点について「航空機力学入門」(加藤先生著)をベースに再確認してみる。書籍の1〜3ページの内容に相当する。

慣性座標系の導入

本書では、はじめに慣性座標系における剛体運動方程式が定義される。

{ \displaystyle
m \frac{d\bf{V_c}}{dt} = \bf{F}
}

{ \displaystyle
\frac{d\bf{h}}{dt} = \bf{G}
}

\bf{V_c}は機体の重心速度、\bf{\omega}は機体角速度である。\bf{F}\bf{G}はそれぞれ、機体重心に作用する力とモーメントだ。
これらは全て、基準となる慣性座標系から観測された量である。
ちなみに\bf{h}=I\omegaであって、これは角運動量ベクトルである。

機体固定座標系の導入

次に、機体固定座標系が導入される。
本書では、機体固定座標とは「原点が機体の重心に一致し、機体に固定され、機体と共に運動する動座標系」であるとしている。
一般論としては、動座標系は非慣性座標系であることが多い。
続いて、慣性座標系上で定義した量を機体固定座標系上で書き直す。
すなわち、機体に埋め込まれた基底ベクトルによって慣性座標系上の諸量を記述する。

{ \displaystyle
{\bf{V_c}} = U{\bf{i}} + V{\bf{j}} + W{\bf{k}}
}

さて、ここにミスリードがある。というのも、機体固定座標系から機体の重心速度を計測した場合、明らかに\bf{V_c}=\bf{0}のはずである。しかしこの本の立場では、機体固定座標系から機体の重心速度が観測される。成分U、V、Wはゼロではないのだ。
一体何がおかしいのだろう?その答えは、機体固定座標系上で記述される並進運動方程式が物語っている。

{ \displaystyle
m (\frac{d*\bf{V_c}}{dt}+ \bf{\omega} \times \bf{V_c}) = \bf{F}
}

この右辺のFは、機体固定座標系上で観測される外力である。もし本当に機体固定座標系が埋め込み座標系であったなら、次のように書かれるはずである。

{ \displaystyle
m (\frac{d*\bf{V_c}}{dt}+ \bf{\omega} \times \bf{V_c}) = \bf{F} + \bf{F_{iner}} = \bf{0}
}

{ \displaystyle
\bf{F_{iner}} = -\bf{F} 
}

機体重心には力が作用しているのに、機体固定座標系から見ると機体重心は全く運動しない。数式で語るなら、\bf{V_c}=\frac{d\bf{V_c}}{dt}=\bf{0}
故に、作用している力と反対のベクトルを持つ見かけ上の力が存在していると考えるしかない。この概念が、いわゆる慣性力というものだ。

しかしこの本では、機体固定座標系からは慣性力が消えている。ということは慣性座標系なのか?
だが、角速度\bf{\omega} の項がある。つまり回転しているということだ。となると、やはり非慣性座標系なのか?うーん・・・。

機体固定座標系は機体に固定されているか

結論的には、以下のように解釈すると矛盾が無くなる。
本書における機体固定座標系とは、「瞬時瞬時において機体軸に埋め込まれたデカルト座標系であり、かつ基準慣性座標系に対して相対速度ゼロであるが、同時に基準慣性座標系に対してピッチ/ロール/ヨーレートωを持っている非慣性座標系」である。
すなわちこの座標系は、”機体に連動しているが、固定はされていない”。

このような座標系で定義される機体重心速度\bf{V_c}だからこそ、基準慣性座標系上に座標変換で移してから積分することで飛行機の軌道が描けるのである。ここを理解していないと、フライトシミュレーションが何を計算しているのか分からなくなる。
自分でシミュレーションをスクラッチした経験がある人なら大半が躓くポイントではないだろうか。地に足をつけた計算は、意外と難しいものである。