飛行力学における機体固定座標系
飛行力学の基礎の基礎
多くの飛行力学本は機体固定座標系上で運動方程式を記述することを推奨している。
その理由は明確で、機体に作用する空気力や制御力を計算するとき、機体固定座標系だと直感的に分かりやすいからだ。
しかし機体固定座標系とは何か?というそもそも論について、誤解しがちな部分がある。
日本語で書かれた最もポピュラーな飛行力学本、加藤先生の「航空機力学入門」を例に再確認してみる。今回の話題は、この本の1〜3ページの内容に相当する(極めて基礎的)。

- 作者: 加藤寛一郎
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 1982/11
- メディア: 単行本
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慣性座標系の導入
本書では、最初に慣性座標系における剛体の運動方程式が定義される。
は機体の重心速度、
は機体角速度である。
と
はそれぞれ、機体重心に作用する力とモーメントである。
これらは全て、基準となる慣性座標系から観測された量だ。
ちなみにであって、これは角運動量ベクトルである。
機体固定座標系の導入
次に、機体固定座標系が導入される。
本書によれば、機体固定座標とは、「原点が機体の重心に一致し、機体に固定され、機体と共に運動する動座標系」であるとしている。
一般に、動座標系とは非慣性座標系のことを指す。
続いて、慣性座標系上で定義した量を機体固定座標系上で書き直す。
すなわち、機体に埋め込まれた基底ベクトルによって慣性座標系上の諸量を記述する。
さて、ここに誤りがある(いきなりだけど)。想像して欲しいのだが、機体固定座標系から機体の重心速度を計測した場合、明らかにのはずである。しかしこの本の立場では、機体固定座標系から機体の重心速度が観測されると言っている。成分U、V、Wはゼロではないのだ。
一体何がおかしいのだろう?その答えは、機体固定座標系上で記述される並進運動方程式が物語っている。
この右辺のFは、機体固定座標系上で観測される機体作用外力である。もし本当に機体固定座標系が埋め込み座標系であったなら、次のように書かれるはずである。
機体重心には力が作用しているのに、機体固定座標系から見ると機体重心は全く運動しない。数式で語るなら、。
故に、作用している力と反対のベクトルを持つ見かけ上の力が存在していると考えるしかない。この概念が、いわゆる慣性力というものだ。
しかしこの本では、機体固定座標系からは慣性力が消えている。ということは慣性座標系なのか?
だが、角速度 の項がある。つまり回転しているということだ。となると、やはり非慣性座標系なのか?うーん、パラドキシカル・・・。
機体固定座標系は機体に固定されているか
すべての矛盾を解決する解釈がただ一つ存在する。
本書で機体固定座標系と呼ばれているものは、「いかなる時刻においても機体姿勢角と同じ角度になっているデカルト座標系であり、かつ基準となる慣性座標系に対して相対速度ゼロであるが、同時に基準となる慣性座標系に対して角速度ωを持っている非慣性座標系」である。
すなわちこの座標系は、”機体に固定されていない”。
ご理解いただけただろうか。
このように定義された座標系上で観測される機体重心速度だからこそ、基準慣性座標系上に座標変換で移してから時間積分することで、地上から空を見上げる人間から見た飛行機の軌道が描けるのである。ここを理解していないと、フライトシミュレーションが何を計算しているのか分からなくなる。
ただ、自分でシミュレーションを作った経験がある人なら必ず気づくポイントではある。ゆえに、この手の誤解が原因で飛行機やロケットが堕ちることは無いと信じている。